読書記録4

031「天涯の砦」

小川一水/ハヤカワ文庫

 軌道ステーション<望天>で発生した壊滅的な大事故により、その構造体の一部は月往還船<わかたけ>を接続したまま、漂流をはじめてしまう。その事故の激しさに生存は絶望視される中、奇跡的にも数名の生存者が残されていた。しかし彼らは、真空の壁によって互いに隔離され、エアダクトを通じて声が届くだけ。そして救助の手はないまま、やがて構造体が大気圏内への突入軌道にあることが判明する。
 限られた空気と水、タイムリミット、そして互いへの不審。生き残りを賭けた、絶望への戦いの行方は……。

 宇宙ステーションという閉鎖環境におけるサバイバルストーリー。そんな舞台設定だけでも魅力的なのに、科学考証を元にした現実感あふれる描写が冒頭から物語世界へぐいぐい引っ張っていきます。軌道整備員の二ノ瀬を中心に、子どもや女性を含むさまざまな立場の人物それぞれの視点で物語は少しずつ語られていくのですが、その手法がまた手に汗握らせます。

 その残された人物たちが、一筋縄ではいかないのも本書の魅力。危機を前に登場人物たちが一致団結するかと思いきや、とにかくアクの強い人物ばかり。危機的状況であるにもかかわらず、いやそれゆえにか、それぞれの思惑や性格が入り乱れ、泥臭い人間模様も展開されます。まさにサバイバル。

 生きることが、そもそもサバイバルなのかもしれません。最後にはそんなことを思わせる、刺激的な一冊でした。

032「時計を忘れて森へいこう」

光原百合/東京創元社

 校外学習の帰り道、時計を忘れて森へと引き返した高校生の翠(みどり)は、森の中で木々に話し掛けている不思議な青年と出会う。彼は、森を守り、訪れる人々に自然の豊かさや厳しさを伝える、レンジャー(自然解説指導員)の一人だった。そして彼は、人と人のはざまに生まれる荒々しい「事実」から、隠された「真実」を導きだす名人でもあった。

 小説と「こころ」は切っても切れない関係です。そして「こころ」は「謎」であるのですから、あらゆる小説は「謎解き」小説なのだと言っても過言ではないのかもしれません。本書は、そんな「こころ」の葛藤や軋轢をテーマにしつつも、舞台となる八ヶ岳の自然の描写やレンジャーたちの思いを添え、まさに心を「解きほぐす」優しさにもあふれています。

 そこに自然の厳しさや、主人公の高校生「翠」の視点で語られる「大人の現実」、また散りばめられた「翠」の淡い想いなども加わって、優しいだけではない、しっかりとした重みのある物語でもありました。

033「アタとキイロとミロリロリ」

いとうせいこう/幻冬舎文庫

 2歳と半分のアタちゃんには、猫のキイロと携帯ラジオのミロリロリというステキな仲間がいます。3人(?)は夜ごと公園へと大冒険にでかけ、アタちゃんの涙で公園を水びたしにしちゃったり、迷子になったあまがえるのキミロリロを探したりと大忙し。アタちゃんがぎゅっと目をつむるとあらわれる、夜の大冒険はいつも奇想天外。さて、主人公アタちゃんの繰り広げる大冒険の行く末は……。

 大人になるということは、子どもでなくなるということ。でも、自分の心の中にいる子どもまで失ってしまう必要はない。もし大人でありながら、子どもの自分をも持ちつづけることができたら、どんなにいいでしょう。でもそれは不可能なことではないと思います。

 一見すると児童書のようですが、そうした分類は無用でしょう。子どもが読めば子どもなりの発見が、大人が読めば大人なりの発見のある、奥行きのある物語です。奇想天外な物語の楽しさと、物語が終わってしまう心地よい喪失感。そこに、ひょっこり子ども時代の自分が顔を見せるかもしれません。あなどれない一冊です。

034「エンド・オブ・サマー」

ジョン・L・ラム/講談社

 オハイオに住む少年ニックは、事故で父を失ってから叔母と病気の母と暮らしている。ある日、そんなニックに<水たまり>が話し掛けてきた。「わたしはどこにいるのでしょう?」
 語るはずのないものたちとの会話の中で、ニックは今まで目をそらしてきた何かと、ぽっかりとあいた心の穴に気付いていく。そして夏の終わり、ニックがたどりついた場所とは……。

 つらいことからは、なるべく目をそらしていたい。時には自分自身を守るため、あるは緊急避難として必要なことでもあります。でも、それは忘れてしまったわけではなく、ただ記憶のどこかにしまわれていて、突然よみがえってきては、苦しみの原因になったりもします。
 主人公のニックは、<水たまり>や<戦士の亡霊>など語るはずのないものたちとの会話や、町の人々との触れ合いから、やがてそんな「目をそらして来たもの」へ立ち向かう勇気を取り戻していきます。

 世界は一つしかないけれど、心のありようで世界はいくらでも姿を変える。自分は一人しかいないけれど、心のありようで自分はいくらでも姿を変える。読後、目の前に新しい世界がひらいたような、そんな一冊。

035「冬物語」

タニス・リー/ハヤカワ文庫(FT43)

 灰色の海のすぐそばに、祭壇があった。祭壇に奉納されている「聖骨」は、巫女のオアイーブだけが知る秘密。しかし突如あらわれた旅人、狼の毛皮をまとった男は、その「聖骨」を奪って逃げてしまう。彼はなぜ「聖骨」の存在を知りえたのか、そして彼はいったい何者なのか。「聖骨」奪還の旅にでたオアイ―ブは、繰り返される「聖骨」のゲームに巻き込まれていく。他一篇「アビィリスの妖杯」

 幻想文学とは、「ありえざる世界」を通じて「あるかもしれない何か」を感じさせてくれるものではないでしょうか。その何かは「不思議なものへのあこがれ」や「未知なものへの怖れ」、はたまた「現実の社会」への「批判」であったりと作品によりけりです。
 この物語は「聖骨」を持って逃げる男とそれを追うオアイ―ブが、「聖骨」に隠された秘密を通じて、運命に翻弄されていきます。しかし旅を続けるうちに、運命に流されていると実感してる男とオアイ―ブは、いつしかその流れに逆らおうと立ち向かっていくようになります。

 運命なんてものは、はたして存在するのでしょうか。もしあるとするなら、それを変えられるものなのでしょうか。流れを変えるためには、いったい何が必要なのでしょうか。流れに逆らい、自分の足で立つ為の勇気のファンタジー。

036「異邦人」

半村良/祥伝社文庫

 ある犯罪を犯し、逃亡の果て辿り着いたある地方都市「井須賀」。主人公はこの町で潜伏生活をはじめる。潜伏生活は順調にいくかと思われたその矢先、周囲に奇妙なことが起き始める。町の住人たちが、次第に「井須賀」の町以外の記憶を失いはじめたのだ。
 やがて外界からの交通も不可能になり、物理的に隔離されてしまった「井須賀」で「外の記憶」を持つ、いわば「異邦人」である主人公は、限りある資源をめぐって争いあう市民との不条理な戦いに巻き込まれていく。

 災害や事故、遭難など、窮地に立たされた時、人は自分の醜い部分と向き合わなければなりません。
 本書では、町がまるまる「隔離」されてしまうという、SF的な極限状態が用意し、その箱庭的な隔離世界で、普通の人々が変貌していく様が描かれます。人間の本能は、理性なんかよりもずっと強いのでしょう。その本能のたどりつく結末に、背筋が寒くなります。

 町の外に広い世界があるという事を忘れさせられ、閉じた世界で争いあう人々。それが、現実に生きる私たちの姿と重なります。閉じた世界から脱出する為の一冊。

037「翼の時間」

東逸子 /ミキハウス

 お父さんに連れられていった図書館。
 そこは、なにかが違っているようでした。
 幼い少年の、不思議な冒険がはじまります。

 あらすじが書けない本です。なぜなら、本書は「絵だけの絵本」だから。 
 冒頭に数行、物語を暗示させるような言葉があるだけで、あとは全て絵だけが物語を語っていきます。

 東逸子さんの幻想的で、想像力をかきたてる美しい絵から、読む度に無数の物語が生まれてくる、不思議な魅力に溢れている絵本です。時に「ことば」は、想像(創造)力を束縛するのだと、そう気づかされます。見るたびに、そして見る人によって、無数の物語が生まれる絵本。

038「6月19日の花嫁」

乃南アサ/新潮文庫

 目がさめると、見知らぬ部屋で一人寝かされていた千尋。介抱してくれた見知らぬ男性によれば、自分はどうやら交通事故に遭ったらしい。だが、思い出せたのは6月19日に自分は結婚するということだけ。
 今日は6月12日。千尋の長い一週間がはじまった……。

 失われた記憶を辿る話は、もうそれだけで面白い題材です。さらにこの作品は、一見すると単純な自分探しの物語のようで、とんでもない事実や予想外の過去が次々と提示され、状況は2転3転していきます。
 いったい何が真実なのか。いったい何を信じればいいのか。

 記憶を取り戻せば取り戻すほど、主人公は、そして読者は意表をつかれ混乱するばかり。そんなスリルたっぷりの魅惑のストーリー。時折、思い出されるさまざまなキーワードが、どのように結びついていくのかも見所です。また「結婚」とそれにまつわる女性の心理も巧みに織り交ぜてあり、その心理もまた、この物語の根幹に大きく関わる要素になっています。

 次々と千尋の前にあわられる人物。自分が誰で、いったいに何をしてきたのか。そして、自分を待っているはずの最愛の人の元へ辿り付けるのか? 「今」が愛しくなる、ノンストップサスペンスミステリー。

039「クロスロード」

鎌田敏夫/角川文庫

 高校を卒業して6年。同級生の葬儀で再会した同級生9人は、1年に1度、思い出の橋での再会を約束した。毎日毎日同じ橋を渡って登校していた、ただそれだけの仲間。それでも、そこに不思議な結束があった。やがて約束の再会は、同窓会の枠を越え、9人それぞれの人生に、大きく関わる重要な場となっていく。将来の夢、仕事や恋愛、結婚。そして道ならぬ恋、挫折。そして、一本の橋の上で10年という時間が過ぎさり……。

 学生時代の友人が長く続くのは、利害がないからかもしれません。しかしよく考えると、学校という場所はとても奇特な場所です。同じ年代の男女が、1つの場所を3年(もしくは6年)も共有するのですから。

 しかし、中学や高校から続く仲の良い友達同士が、お互いに社会に出て行くとき、関係もまた微妙に変わっていってしまうこともあります。ずっと今まで通りであってほしい、そう思いつつ、人はよくも悪くも変わっていく。もしそれでも、変わらずにいられる友人がいるなら、それは一生の宝でしょう。 

 本書は、同級生の死をきっかけに集まった9人のそれぞれの物語を、10年かけて追っていきます。
 変わっていってしまう中に、変わらないものを見つける為の努力。変わっていくことを受け入れる勇気。変わらないことを大切にする優しさ。正解のない、10年の物語。『揺れる夏 追憶の橋』(1998年刊)の改題

040「解体屋外伝」

いとうせいこう/講談社文庫

 洗濯屋と呼ばれる洗脳のプロとの対決に負け、徹底的に自己を破壊され、言語さえ奪われた洗脳外しのプロ、解体屋。タイ出身の少年ソラチャイに救われ、記憶とことばを取り戻した解体屋は、襲いくるマインドコントロールと戦いつつ、自分を破壊した世界的規模の洗脳者集団に立ち向かう。

 アクションあり、心理戦あり、息つまる駆け引き(コン・ゲーム)。洗脳はずし(解体)をコンピューターシステムに例えた表現や、命令旋律(コマンドメロディ)、意味細菌(ミーニングウィルス)などといった魅力的な造語の数々など、随所にエンターテイメントとしての面白さに溢れています。最後まで一気によませてしまう、アクション映画のような展開に、思わず一気読みしてしまうこと間違いなしでしょう。

 それでいて、深く考えさせられる物語でもあります。特に解体屋の言う「この世はすべて「暗示」で出来上がっている」という主張は非常にユニークであり、同時にはっとさせられます。知らず知らずに、自分もまた暗示を操作されているのではないだろうか、と。

 暗示は、例えば「思い込み」とも言い換えてもいいでしょう。他者に与えられたものもあれば、自分が作り出したものもあります。そういった思い込みが、いかに自分を束縛しているか。そんな恐怖も、読後にひたひたと歩み寄ってくるようです。
 暗示の外に出るための、必読の一冊。