読書記録1

001「軌道離脱」ジョン・J・ナンス/ハヤカワ文庫NV113

 舞台はアメリカ。平凡な会社員キップは、インターネットで応募した宇宙旅行に当選し、民間の小型シップで宇宙(といっても地球低軌道)へと旅立つ。しかし船が軌道にのってまもなく、不慮の事故によりパイロットが死亡し、同時に地上との通信も不能に。たった1人宇宙にとり残された主人公は……。

 映画「アポロ13」のような、いわゆる危機的状況からの脱出物語かと思いきや、中盤から意外な展開になっていきます。平凡な会社員である彼が、文字通り世界中に巻き起こす大騒動。これはSFを舞台にした、心温まる家族の物語でもありました。

002「さよならジュピター」小松左京/徳間文庫

 宇宙人口が4億人を超える22世紀。ある事故により、すぐそこにまで迫っていた人類最大の危機があきらかになる。太陽系消滅まで1万8000時間、およそ2年。その危機に、人類は大きな賭けにでる……。
 多大な犠牲を強いてでも人類は生き延びるべきなのか。木星ミネルヴァ基地主任である本田英二を主人公に、様々な主義主張、思想を持つ技術者や学者、政治家、宗教家、そして多くの一般市民たちがおりなす、壮大なスケールの物語です。

 「日本沈没」「首都消失」などで有名な著者による1983年初版の作品ですが、設定その他どれをとっても、書かれた時代を感じさせない作品です。SF的な設定も重厚で、太陽系開発や木星探査などの描写もとても丁寧に描かれています。

 2年という限られた時間の中で描かれる、主人公をはじめとする様々な人々の交流や葛藤、戦い。人類の滅亡という明確な事実に直面し苦悩しつつも、それぞれが自分の思い信じる道を歩む他ない現実。そして、たとえ選択に正解はなくても、選択しなくてはならない現実。危機的状況で繰り広げられる手に汗握る物語であり、同時に様々なことを考えさせられる作品でもあります。とにかく読み始めたら止まらない。上下巻の壮大なSF物語。

003「夏の口紅」樋口有介/角川文庫

 離婚し、15年前に家を出たきり音信不通だった親父が死んだという。大学生の礼司の元に残されたのは蝶の標本が2つだけ。そこに妹だと名乗る女の子、季里子があらわれる。親父は、いったい何を思って自分に標本なんかを残したのか。季里子は本当に自分の妹なのか。

 容姿はキレイだけど、変てこな性格の季里子と、年齢以上に大人びて醒めた主人公のひと夏の物語。何かに「本気」になると、違った自分が見えてくる。ラストの数行に、ニヤリとさせられます。

004「ヴァーチャルガール」エイミー・トムスン/ハヤカワ文庫SF1079

 AI法により、人工知能の開発が禁じられている未来のアメリカ。コンピューターの天才アーノルドによって、栗色の髪と左右の色の異なる瞳を持つ人工知能マギーが誕生した。しかし発見されれば、即座に破壊されてしまう。マギーはアーノルドと共に追跡を逃れ、放浪の旅にでる。人間とほとんどかわらぬ身体を持ち、自律型の人工知能を持つマギーは、様々な人と出会い、多くの困難を乗り越え、人間社会を理解し、自己発達していくのだが……。

 人間社会を知らないマギーの見る世界は、見たままありのままの世界。先入観のない純粋無垢な視点は、社会の醜く汚れていて退廃的な部分をくっきりと浮かび上がらせます。ですが、余計なフィルターがないぶん、その中にある小さな希望も見つけていきます。

 ヴァーチャルリアリティの描写や、マギーがコンピューターとして世界を認識していく過程なども細かく描かれていて、SFの醍醐味といったものも十分味わえます。またアーノルドを「愛する」ようにプログラムされたマギーと、アーノルドとの関係も見所のひとつ。世の中から許されない存在であるマギーが、それでも必死になって「生きる場所」を探す旅の果てにたどりつく場所とは。

005「ぼくと、ぼくらの夏」樋口有介/文春文庫

 クラスメイトの自殺の真相を追うことになった春一と友だちの麻子。刑事である父から情報を聞き出し、あれこれ事件を探るうちに、とんでもない真相があきらかになる……。

 高校生ながらも、大人びて醒めた少年と、破天荒な少女のひと夏の物語は、初版が1988年(当然ケータイもメールもない)とは思えないほど現代的。主人公の減らず口が面白い。青春+恋愛+推理サスペンスと贅沢な一冊。

006「流星ワゴン」重松清/講談社文庫

 職を失い、家庭は崩壊し、もはや後悔も反省も手遅れ。死ぬ気力さえない38歳の男が、ある晩に駅前でワゴンに乗った見知らぬ親子と出会う。なぜか誘われるがままに乗ってしまった男は、時空を越えて過去のある場面へと連れて行かれる。男は何も知らされないまま、人生の岐路を追体験する旅へと旅立つのだが……。はたしてやり直せるのか?

 「人生のやり直し」という誰もが一度は夢想するテーマを、ストレート、かつシリアスに描いた長編。ワゴンに乗った親子の正体や、なぜか過去の場面に登場する若き日の父親など、いろいろな謎がラストに向けて結ばれていきます。はたして、その結末は……。
 SFでありファンタジーであり、そして「家族の物語」。

007「老ヴォールの惑星」小川一水/ハヤカワ文庫JA809

 政治犯として投獄されたのは地下迷宮。外の光の届かない世界で、不信や絶望と戦いながら生き延びる人々の半生を描いた「ギャルナフカの迷宮」。偵察任務中に夜のない無人の海洋惑星に墜落し、小さな通信機を頼りに8億平方キロを漂流する「漂った男」など4編。

 それぞれ違う切り口で描かれる「生き延びる」物語。

008「夜のピクニック」恩田陸/新潮文庫

 全校生徒で夜通し歩くという、ある高校の一大イベント「歩行祭」をめぐる少年少女たち。
 ある秘密を共有する主人公の少年と少女、それぞれの視点で交互に語られていきます。物語が進むにつれて徐々に主人公たちの秘密が明かされていくので、読み始めたらとめられません。

 青春+ちょっと恋愛な一夜の物語。このイベント、参加してみたいかも。

009「時の果てのフェブラリー」 山本弘/徳間デュアル文庫

 極度に発達した知覚能力<オムニパシー>を持つ11歳の少女フェブラリー。彼女はその力ゆえに1人苦悩していた。相手の態度から感情を読み取り、見知らぬ他人の苦しみも自分の苦しみとして受け止めてしまう。しかし彼女は、現代科学では解明できない異常現象<スポット>の謎を解くため、その力を必要とする大人たちの為に使う決意をする。そして<スポット>の中心、嵐に閉ざされ、重力と時間が狂い廃墟となった町クーガーズロックへ向かう。人類の未来の為に。

 SFのワクワク感、そして物語の面白さがいっぱい詰まった一冊。フィクションの面白さは、「うまくだましてくれる」快感でもあると思うのですが、まさに「うまくだましてくれる」作品。豊富で専門的な科学知識を土台にして語られるフィクションは、一部、文系の僕には理解不能な部分もありましたが、なんとなく「わかった気になってしまう」ので、読み始めたら最後、ぐいぐいと引っ張られていきました。

 特殊な力を持つがゆえに苦悩する主人公フェブラリーや、苦悩する娘に心を痛める父親とのやりとりがとても魅力的です。また「主人公」と「危機」の間には、ちゃんと「社会」があって、いろいろと考えさせられる部分もあります。1990年に角川スニーカー文庫から出版された作品の全面改稿版。表紙の絵は角川版の方がイメージに合っていて好きです。

010「カラフル」 森絵都/理論社

 生きていた頃の記憶を失い、魂になっている僕の前におかしな天使があらわれた。
 彼が言うには、僕は重大なあやまちを犯して死んだ魂であるらしい。しかし幸運にも、他人の身体で現世に戻り再挑戦をするチャンスに当たったというのだ。そして僕は、まったく見ず知らず少年として生き返ることになったのだが……。

 たくさんの人々が、傷つき傷つけあいながら生きていく中、最後に提示される「カラフル」が本当に救いとなります。「僕」が気づいたこと、下した決断、そこで交わされる会話にとても勇気づけられます。10代の頃この本と出会っていたら……と思わずにはいられません。でも10代にかぎらず、今何かに苦しんでいる人にぜひ手にとって欲しい。そんな一冊です。