読書記録2

011「歌う船」

アン・マキャフリー/創元SF文庫

 優れた頭脳を持ちながら、機械の助けなしでは生きられない身体で生まれた女性、ヘルヴァ。彼女は、神経シナプスとコンピュータを接続し、チタニウムの殻(シェル)を与えられ、殻人(シェルパーソン)として、ようやく生きてゆく自由を手に入れた。そして特殊な教育を受けた彼女は、宇宙船として生まれ変わることになる。それでも彼女は1人の人間に変わりはない。仲間と共に泣き、笑い、嘆き、喜び、そして歌う。たとえどんなに姿がかわろうとも、ヘルヴァは一人の女性――。

 SF(サイエンス・フィクション)と紹介してしまうと、それだけで敬遠してしまう人もいるかもしれません。読書の好みは人それぞれですが、SFをあまり読んだことのない人にも、ぜひこの物語と出会って欲しい。

 SFというと、銀河連邦とか宇宙戦艦が出てきて戦争したり、複雑な理論や架空の兵器・道具がでてきてなんだか難解だ、というイメージがあるかもしれません。もちろんそういうSFもたくさんありますし、僕はその手のSFも大好きなのですが、この物語は違います。SFファンを満足させるだけの背景世界を持ちながら、そこに生きる人間たちの、ひどく人間くさい恋愛小説なのです。

 舞台となるのは、恒星間貿易も盛んなはるか未来。しかし、そこに生きる人々は現在の私たちとなんら変わる事はありません。なにより本書では、魅力的な女性であり、優秀な宇宙船でもあるヘルヴァの人間としての成長と愛が語られていくのです。
 彼女は生まれ故に自分の肉体を維持できず、最新技術によって殻に埋め込まれていますが、そこに悲劇的な要素はありません。どんな姿であっても、ヘルヴァはまぎれもなく人間の女性であり、様々な人との出会いや別れに、泣き、笑い、そして誰かのために歌います。その姿に、人間の本質とはいったいなんだろうか、という根源的な問いが生まれます。

 チタニウムの殻に埋め込まれた彼女は、絶対に他者とは触れ合えません。でも人を好きにもなれば嫌いにもなります。当たり前のことです。ヘルヴァは人間なのですから。では肉体を持たない愛とはあるのでしょうか。あるとすれば、それはどんな形をしているのでしょうか。物語はありがちな悲劇で終わらせる事なく、ですがテーマにあくまで真正面から直球勝負を挑み、一つの結末が提示されます。

 作者アン・マキャフリーが女性であるという点も注目すべき点だと思います。ヘルヴァの強さは、女性だけが持つ独特の強さかもしれません。彼女の力強さにきっと圧倒されることでしょう。この本と出会えてよかった。そう思う大切な一冊です。

012「旅立つ船」

アン・マキャフリー&ラッキー/創元SF文庫

 宇宙船乗りに憧れていた、ちょっとおませな7歳の少女ティア。彼女を襲った正体不明の病は、あっという間に全身を運動麻痺に追い込んでしまった。大好きな両親とも離れ、たった1人病室で孤独や絶望と戦いながら、大好きなテディベアを抱いて一人涙する毎日。
 しかし主治医をはじめとするまわりの人間の奔走と努力により、ついにたった一つの希望が現実となる。そして宇宙船へと生まれ変わったティアは、相棒とともに大好きな宇宙へと旅立つ。少女の心を持ちつづけるティアと、相棒となった青年の恋と冒険と行方は?

 歌う船シリーズ2作目。今回の主人公は、おませな7歳の少女ヒュパティア・ケイド、通称ティアです。彼女は前作『歌う船』の主人公ヘルヴァと違い、障害は後天的なもの。つまり彼女は、自由に動く自分の身体を持っていた7年分の記憶や感触をもっています。そして、そのことが物語に大きく関わってくることになります。

 自分で意識することはありませんが、人間の五感は常に働いているといいます。耳は聞えない音も拾っているといいますし、触覚は常に何かを感じています。もし、それらが消えうせてしまったら。それは筆舌しがたい恐怖に違いありません。

 宇宙船となった彼女と、その宇宙船に乗り込む相棒との冒険は、前作以上に派手で危険でスリルたっぷりです。でも、やはり物語の根底に流れているのは、主人公ティアと相棒の成長と愛情。かつて肉体を持っていたティアは、愛について深く悩みます。フィリオス(神の愛)、アガペー(友愛)、そしてエロス(肉体の愛)。遠く古代からの深遠なテーマを前に、一人の女性として心を乱します。それは、今私たちが直面しているものと同じ。

 肉体を伴わない愛は存在するのか。肉体を伴う事だけが、愛なのか。そもそも愛とはいったい何なのか? 前作は純粋なる「愛」をテーマとしているとするなら、この作品はより身近な「恋愛」といったところでしょうか。答えは、一つじゃない。違った正解がたくさんあっていい。それが本書を読んだ率直な感想でした。
 何度でも読み返したくなる、SF恋愛小説。

013「戦う都市」

アン・マキャフリー&スターリング/創元SF文庫

 宇宙ステーションSSS-900に制御不能の宇宙船が突っ込んでくる! 
 前代未聞の危機に、武装していないステーションはパニックに。なんとか危機を乗り越えたかと思えば、今度は略奪を好む戦闘種族に標的にされてしまう。

 危機的状況に、ステーション管理者のシメオンと新任の相棒シャンナは絶体絶命。唯一の救いは、シメオンが肉体を持たない殻人(シェルパーソン)であるということを敵に知られていない、ということだけだった。

 圧倒的不利な状況の中で、被害を最小限で抑えつつ、援軍が到着するまでの時間をかせげるのか。シメオンたちの絶望的なコン・ゲーム(だましあい)がはじまる……。

 歌う船シリーズ3作目。今回はタイトル通り、主人公シメオンは都市、つまりステーションの管理者です。もちろん殻人なので、常にステーション全体を把握していて、高度な情報処理を行うこともできます。過去2作とは違いシメオンは男性で、しかも戦略シミュレーションマニア。性格も、少々子供っぽくひねくれています。

 本書の魅力のひとつは、武装していないステーションが圧倒的な火気と兵力を持つ戦闘種族にしかけるコン・ゲームでしょう。シメオンが殻人だと知らないことを利用して、なんとか不利な状況をひっくり返そうとします。

 もちろんそれだけではありません。過去2作同様、殻人としてのシメオンと、ステーションの人々とのふれあいや絆、友情や愛情が、スリリングな駆け引きやの合間に描かれていきます。特に、気の強い相棒シャンナや、都市に住み着く浮浪少年ジョートとの関係は見所の一つです。

 肉体を持たず、けして人と触れ合えないシメオン。でも、これは「歌う船」シリーズ。そこに描かれるのは、やはり人と人との触れ合いの物語です。全2巻。

 歌う船シリーズは、その他「友なる船」「魔法の船」「伝説の船」「復讐の船」などがあります。「復讐の船」だけは殻人が主人公ではなく、本作に登場するジョートのその後の物語。ちょっとだけシメオンも登場します。

014「美亜に贈る真珠」

梶尾真治/ハヤカワ文庫JA731

 未来への使者として、8万5000分の1のスピードで時間が流れる「航時機」に乗り込んだ青年。それを管理する私と、かつて青年の恋人であったという女性、美亜。

 外界での1日が青年にとっては1秒。時間という敵に阻まれ、美亜は自分がここにいることさえ青年に知らしめることができない。それでも美亜は青年の元を幾度も訪れるのだが……。

 表題作「美亜に贈る真珠」他、別の時間を生きる恋人たちを描いたせつないSF短編集。恋人たちと時間を対軸にして語られる、さまざまな時代、場所で起こる恋愛物語です。

015「アップフェルランド物語」

田中芳樹/徳間文庫

 天涯孤独の少年ヴェルが、国際列車の一室に幽閉されていた少女フリーダを発見したことから、その事件ははじまった。

 平和でのどかな小国アップフェルラントに起こるかつてない混乱。列強に脅かされる平和と独立。そしてフリーダの祖父が残した形見をつけ狙う連中の正体とは? その目的とは? 20世紀初頭。ヨーロッパの小国アップフェルラントを舞台にくりひろげられる冒険物語。

 手先が器用な、でもそれくらいしか取り柄のない浮浪少年ヴェルと秘密を持った少女フリーダ。そして少女をつけねらう謎の連中。少年少女の冒険物語としてはお約束の展開、と思わず油断しそうですが、そこに20世紀初頭ヨーロッパの政治的な背景や周辺各国の思惑や陰謀、勇敢な老人たちの活躍(笑)などが関わってきて、最後まで楽しませてくれます。

 アップフェルラントは架空の国なのですが、血塗られた歴史を持つヨーロッパをそこに垣間見ることができます。もちろんメインはヴェルやフリーダの冒険物語なのですが、窮地に追い込まれたアップフェルラント女王カロリーナの老獪な立ち回りや言動もなかなかの見もの。彼女なりの小国の意地が、最後にスカッと爽快な気分にさせてくれます。

016「夏の魔術」

田中芳樹/講談社ノベルズ

 晩夏の無人駅。一人旅の途中、大学生の能登耕平は少女と出会う。それがすべてのはじまりだった。やがてあらわれた蒸気機関車にいざなわれ、2人は他の乗客たちとともに異世界へと迷い込む。そして一行は、一軒の洋館にたどり着く。そこで待っていたのは――

 不器用ながらも平凡な大学生と、元気で素直な小学生の女の子のコンビがくりひろげる異世界冒険譚。何度も怪物に襲われたりして危険な目に遭いますが、なかなかの名コンビぶりを発揮し、やがて信頼という絆で結ばれていきます。

 異世界に魔術、怪物や謎の魔術書なども登場して怪奇小説といった雰囲気ですが、特に恐怖をあおるわけでもなく、ドキドキハラハラしながら2人の冒険を楽しめます。なにより耕平と来夢という年の差コンビの言動や行動が心地いい。事件の謎とか真相の究明とかより、とりあえず逃げなきゃ!という展開に、むしろ素直に楽しめました。

 以後続く作品も同じで、さまざまな魔術や怪物たちが登場して、その度に2人は危険な目に遭います。作品ごとに物語は完結し、それぞれ違う異世界を楽しめます。

 夏・秋・冬・春と季節がひとめぐりしてシリーズは4冊で完結しています。個人的には謎は謎のままとして、この「夏の魔術」一冊で完結としてもいいような……そんな気もしました。

 続編:「窓辺には夜の歌」「白い迷宮」「春の魔術」(完結)

017「FINE DAYS」

本多考好/祥伝社

 余命わずかの父の口から語られたのは、かつて目指していた画家という夢と、ある女性との間に自分の子供がいるという意外な過去だった。その女性を探すことになった僕は、かつて彼女が住んでいたアパートを尋ねるのだったが、そこにいたのはなんと……。[イエスタデイズ]
 幾度も買いためらっていた、素敵なランプシェード。僕が彼女の誕生日に買いに行くと、それはもうすでに誰かの手に渡っていた。傷心の僕に、その店の老婆がある物語を語ってくれる。それは、そのランプシェードにまつわる古い古い恋の物語。[シェード] 
 その他2篇「FINE DAYS」「眠りのための暖かな場所」収録。

 どの作品も、生きにくい現実と必死になって均衡をとろうとしている人たちのもどかしい微妙な心情が丁寧に描かれ、読者をぐいぐいと物語世界へと引き込んでいきます。
 特に[イエスタデイズ]で描かれる、仕事人間で生きてきた父親がかつて思い描いていた夢と、ある女性との恋物語。もはや取り戻すことのできない恋と、それを目の当たりにする息子が抱くもうひとつの恋。その二つが混ぜ合わさって、ただ切ないだけ恋物語では終わらない、不思議な余韻を残す物語でした。
 そしてラストを飾る「シェード」という作品。アンティークショップで買い逃したランプシェードにまつわる恋物語を語る、店主の老婆。まるで読者自身にその物語が語られているかのような、不思議な時間。そしてラストの演出に、しばし放心してしまいました。
 う~ん、やられたっ!という感じで、大満足の一冊です。

018「プール・オブ・レイディアンス 廃墟の王」

J.M.ウォード/J.C.ホング/富士見ドラゴンノベル

 偉大な師匠ランサーを失った女魔術師シャル。不死の魔物に襲われ仲間と神器を失った僧侶タール。愛する女性を暗殺された盗賊のレン。フランの町で偶然知り合った3人は、評議員カドルナの命令で危険な旅にでるはめになる。
 やがて3人は、冒険の先々で魔物たちから「廃墟の王」の名と「プール」という言葉を耳にするようになるのだが……。いったいこの町で何が起きているのか。3人は知らず知らずのうちに大きな事件へと巻き込まれていくのだった……。

 いわゆる剣と魔法の世界での冒険者の活躍を描いたヒロイックファンタジー。丁寧に描かれた世界観と、冒険そのものの面白さ。海外の独特なユーモアと、過去を持った3人の微妙な人間関係。シリアスとユーモアが混じった、緩急ついた展開に引き込まれました。また細かな魔法の描写や、戦闘シーンなどにも迫力があり、アメコミみたいなこってり感(?)もむしろ新鮮で楽しめました。

 主人公は魔術師、僧侶、盗賊の3人パーティ。癒しの魔法や魔物の棲む廃墟、魔法の武器やアイテム、ヒーリングポーションにしゃべる馬なども登場して、まるでRPGで遊んでいるような気分になります。それもそのはずで、本書はもともとがAD&DというTRPGを背景としているので、魔法の発動や、宗教、世界観などが細かく設定されているのです。その細かい部分が生み出す世界観が、心地よくストーリーに没頭させてくれます。

 RPGというと、勇者や世界の危機というのがお約束ですが、このお話は勇者でも英雄でもない冒険者3人が活躍する、シリアスでユーモアたっぷりの冒険物語です。

019「プール・オブ・ダークネス 幽閉されたフラン」

J.M.ウォード/A.K.ブラウン/富士見ドラゴンノベル

 ある日、突如としてフランの町が消失した。町まるごとが魔法によってどこかに幽閉されてしまったのだ。

 10年前フランを救ったレンは、フランに住む大切な仲間シャルとタールの危機を感じ、救出するための旅に出る。やがて女魔術師エベインや使い魔ガマリエル、聖騎士、ドルイド僧たちが仲間となるが、事件の首謀者である魔術師マーカスの手先に命を狙われることになる。

 一方、幽閉されたフランの町では、シャルやタールたちが町の防壁へと襲いくる魔物たちと熾烈を極める戦いを続けていた。フラン幽閉の目的とはいったいなんなのか。レンは無事、フランを救出できるのか。「プール・オブ・レイディアンス」の登場人物に新たな仲間を加え、前作同様シリアスでユーモアたっぷりな剣と魔法の冒険物語。

 前作から10年後。今回は町がまるごと消え去ってしまうという前代未聞の事件から物語ははじまります。別の土地で暮していたレンが新しい仲間とともにフラン救出を目指す旅と、幽閉された町でのシャルやタールと魔物との激しい戦い。それらが交互に描かれ、緊迫感たっぷりの展開です。

 今回は仲間たちもバリエーションに富んでいます。特に女魔術師エベインと使い魔のガマリエルのウィットに富んだやりとり。プライドが高すぎる魔術師マーカスの言動も敵ながら笑わせてくれます。

 このシリーズの面白さのひとつは、そうした各所にちりばめられたユーモアと、物語そのもののシリアスな部分との共存でしょう。もちろんファンタジー世界で生きるキャラクターたちの描写や人間関係、魔法が飛び交う戦いなども魅力的です。

020「キッドナップ・ツアー」

角田光代/新潮文庫

 私はお父さんにユウカイ(=キッド・ナップ)された。最初は冗談だと思っていたのに、どうやら本気。時々お母さんに電話しては、交渉決裂だとか言ってる。だらしなくて、情けなくて、お金もないうえ、二ヶ月前から家にいないお父さんと、ちょっと醒めた一人娘、小学五年生の女の子ハルの、へんてこな逃避行の行く末は。

 親子をテーマにしていながら、ちっとも説教臭くなく、親子が絆を取り戻してはい終わり、みたいなお約束な結末でもなく、それでいて爽やかな読後感に酔いしれる一冊でした。読んでいて、子どもの頃に感じていたあの夏の匂いと、いつまでも続かない夏休みのせつなさを思い出してしまいました。

 ほんと行き当たりばったりで、だらしないお父さんと、変に醒めてて素直じゃない一人娘ハルとの会話もとてもテンポよく、楽しく、そして時々ちょっとせつない。

 親子だから、本音で話しあえるわけではなくて、むしろ親子だからこそ言えないことだってたくさんあって。そのへんが、この物語の核になっているように思いました。

 ハルは、そのだらしないお父さんを、時々見直したり、ほんとにあきれたりしながらも、行き当たりばったりの、だからこそ素敵な逃避行を続けていきます。

 でも夏休みに終わりがあるように、この物語にも終わりがあります。終わって欲しくない。かなわぬ願いとわかりながらも、思わずそう思ってしまいました。

 親子だって他の人間関係とそう変わらない。
 不器用な親と娘の一夏の冒険物語。